イッセイミヤケと日本の織物
イッセイミヤケは産地織物と古い関係を持ち
1978年に新潟県の五泉市で三宅一生・ニットファッションショーが開催されたほどです。
また1990年代のパリコレでのイッセイミヤケは
有松絞りと呼ばれる染色を施した産地織物を利用しているそうです。
他にイッセイミヤケと織物の代表的作品では
全国有数の絹布として伝統産品になってきた甲斐絹というものがあります。
これは伝統工芸の斜陽化の例に漏れず瀕死の状態つまりは危機を打開しようと
山梨県織物整理株式会社を中心とした織物業者たちは1980年代に
ニードルパンチ加工技術によって付加価値の高い織物を製造する手段を選択したそうです。
これにはイッセイミヤケを生み出した三宅一生も注目しました。
この三宅一生と甲斐絹との付き合いは非常に長く1990年代の末から始まり
三宅一生の展示会でも1998年のパリ,1999年のニューヨーク,2000年の東京現代美術館
いずれにおいても展示品の一部に山梨県の織物が使用されています。
1983〜85年のBODYWORKS展・1988年のISSEY MIYAKE A UN展・1990年のpleats Please展・
Ten Sen Men展・1992年のTWIST展などの展覧会を開催した。
また海外での活動をみると1988年にパリ装飾美術館で展覧会が催され
同年にはフランクフルト・バレエ団のためにイッセイミヤケの衣裳をデザインしている。
バレエ団とのコラボレーション以来のイッセイミヤケは、多種のプリーツ布地が利用されるようになりました。
こういったイッセイミヤケの動向は1989年に発表したプリーツ・プリーズというコンセプトに引き継がれ
世界的に支持されるようになりました。
イッセイミヤケ ブランド一覧
イッセイ・ミヤケ
イッセイ・ミヤケ メン
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